主な茶道流派

表千家

表千家
千利休を祖とする三千家の一つです。千宗旦の三男江岑(こうしん)宗左が不審庵に残り利休四世を称したのが表千家の始まりです。紀州徳川家や三井家とつながりが強く、交流も深くしてその格式を誇り、三井家からも経済的援助を受けていたと言われています。7代如心斎は裏千家8代一燈宗室や、高弟川上不白らと共に家元制度の確立、七事式の制定などを創り出し、千家中興と称されます。

5世随流斎(ずいりゅうさい)宗佐、
6世覚々斎原叟(かくかくさいげんそう)宗左、
7世如心斎(じょしんさい)宗左、
8世啄斎(そつたくさい)宗左、
9世了々斎(りょうりょうさい)宗左、
10世吸江斎(きゅうこうさい)宗左、
11世碌々斎(ろくろくさい)宗左、
12世惺斎(せいさい)宗左、
13世即中斎(そくちゅうさい)宗左、
現在而妙斎(じみょうさい)宗左14世家元です。
表千家を支える茶家、宗匠には長生庵堀内家や久田家もあります。

表千家流の茶道具、高価買取いたしております。即中斎、而妙斎家元等の書付道具は特に高価買取中です。是非一度ご相談ください。
➿0120-78-5595 MAIL:info@kohakudo.jp

裏千家

千利休の孫宗旦の四男仙叟四が利休四世を称したのに始まります。現代の茶道諸流派中最大の流派でもあります。立礼式や盆略点のように新しい点前を作り出すなど、比較的華やかで積極的な方向性を持っていると言われています。8代又玄斎一燈は兄の表千家7代如心斎と共に千家の中興として知られています。

四 世    仙叟宗室
五世     常叟宗室     不休斎  加賀藩・松山藩茶道指南初代
六世     泰叟宗室     六閑斎
七世竺叟宗室     最々斎  表千家七代如心斎の弟
八世    一燈宗室     又玄斎  表千家七代如心斎および竺叟宗室の弟
九世     石翁宗室     不見斎  玄室とも
十世     柏叟宗室     認得斎     領主の子を継承者として育てた
十一世 精中宗室 玄々斎     三河国奥殿領・松平乗友の子
十二世 直叟玄室 又玅斎  京角倉家の子
十三世 鉄中宗室 圓能斎     茶道の近代化に尽力
十四     世碩叟宗室 無限斎     一般に淡々斎として知られています
十五世 汎叟宗室 鵬雲斎  現在は家元を譲り「玄室」と称する
十六 世 玄黙宗室 坐忘斎 裏千家当代家元

裏千家流の茶道具、高価買取いたしております。淡々斎、鵬雲斎家元等の書付道具は特に高価買取中です。是非一度ご相談ください。
➿0120-78-5595 MAIL:info@kohakudo.jp

武者小路千家

三千家の一つです。4代一翁宗守は、早くに塗師の家へ養子として入り家業を守っていましたが、還暦を前に千家に復し官休庵をひらきました(塗師の家は中村宗哲家へと引き継がれています)。その後、一翁は高松藩へ茶堂として出仕します。以来武者小路千家の家元は高松藩の茶道指南役に就きました。
7代直斎は武家出身の養子ですが、同時代の表千家如心斎、裏千家一燈宗室らとともに、家元制度を整備し中興と称されます。明治時代、武者小路千家は一時中絶していました。しかし愈好斎は東京帝国大学卒業後に武者小路千家を再興しました。また13代有隣斎は京都帝国大学出身であり、愈好斎とおなじく学究肌の家元と言われています。

歴代家元
2世文叔(ぶんしゅく)宗守 一翁の子。近衛予楽院へ出入りしていたと言われています。高松藩へも出仕し
3世真伯(しんぱく)宗守 静々斎(せいせいさい)利休七種茶碗の「木守」を写す
4世堅叟(けんそう)宗守 直斎(じきさい)
5世休翁(きゅうおう)宗守 一啜斎(いっとつさい)川越兵庫頭の子
6世仁翁(にんおう)宗守 好々斎(こうこうさい)裏千家認得斎(にんとくさい)宗室の三男、
7世以心斎(いしんさい)宗守 表千家吸江斎宗左(きゅうこうさいそうさ)の弟
8世一指斎(いっしさい)宗守 一叟 宗左の二男
9世聴松(ちょうしょう)宗守 愈好斎(ゆこうさい)久田宗悦の二男
10世有隣斎(うりんさい)宗守 徳翁 愈好斎の養子。
11世不徹斎(ふてっさい)宗守(1945― )当代。

江戸千家

表千家7世如心斎の高弟川上不白を流祖とし、その子孫によって伝流された茶系を「江戸千家」と称しています。現在は弥生町江戸千家の川上閑雪家元(蓮華庵)と、池之端江戸千家の川上宗雪家元が、ともに不白流を継承しています。また表千家不白流などの分派があります(維新後5代蓮心宗順の時の門人に益田鈍翁や馬越恭平などの近代の有名な数奇者がいます)。

江戸千家
初代 川上不白 表千家七代如心斎高弟
二代 自得斎宗雪
七代 蓮々斎  池之端に茶家を復興。江戸千家七代を名のる。
八代 一元斎不白 久留米の有馬藩など各地との繋がりを復活させる。
九代 名元庵宗雪 一元斎の嗣子。
十代(当代) 名心庵宗雪

江戸千家宗家蓮華菴
初代 川上不白 表千家七代如心斎高弟
二代 自得斎宗雪
七代 蓮々斎  池之端に茶家を復興。江戸千家七代を名のる。
八代 一元斎不白
九代 名元庵宗雪 一元斎の嗣子。
一元斎夫人宗鶴
十代  当代家元閑雪

表千家不白流(浜町川上家)
二代 宗什 不白の高弟
三代 眉山宗寿     
四代 仙蹊宗寿     
五代 蓮心宗順    
六代 素蓮宗順  5世蓮心次女
七代 蓮舟宗順  養子で5世蓮心長女の子
八代 宗順    7世蓮舟長女の子で当代

遠州流

小堀遠州(政一)に始まる武家茶道の流派です。現在、茶道遠州会という同門組織があります。また遠州から弟の小堀正行に分かれた流派に小堀遠州流があります。
千利休の高弟古田織部に茶湯を学び、質素で内省的な「わび」「さび」の侘び茶に遠州独特の美意識を加えた「綺麗さび」と呼ばれる茶風を持った一流を開きました。
建築家・造園家として名を馳せた小堀遠州は審美眼にも優れ、東山御物などから優品を選定したものは中興名物と呼ばれます。茶入、茶碗、花入などを多く作製指導しており、膳所、高取、上野焼など好み物を作った窯は遠州七窯と呼ばれています。
3代将軍家光の茶道師範を務めた他、禁裏や仙洞御所にも参じたので門下には諸大名、公卿などが多くいます。

一世 小堀正一  宗甫     孤篷庵
二世 小堀正之  宗慶    
三世 小堀正恒  宗實
四世 小堀正房 宗瑞
五世 小堀正峯 宗香
六世 小堀正寿 宗延
七世 小堀正方 宗友
八世 小堀正優 宗中
九世 小堀正和 宗本
十世 小堀正快 宗有 瓢庵     
十一 小堀正徳 宗明 其心庵
十二 小堀正明 宗慶 成趣庵
十三 小堀正晴 宗実 不傳庵当代

藪内流

藪内宗把を遠祖とする茶道流派です。武野紹鴎の門下、藪内剣仲を一世とし十三世竹中紹智(青々斎・当代)まで連綿と続いています。
代々西本願寺の庇護を受けており、書院点前をもって古流の姿を最も保っていると言われています。
庵号は燕庵(えんなん)といい、古田織部が大阪へ出陣の際、織部から譲り受けた茶室の庵号で、現在伝わっている茶室は摂津有馬にあった写しが移築されたものです。

初代 剣仲紹智 藪中斎    
二代 真翁紹智 月心軒
三代 剣翁紹智 雲脚亭
四代 剣渓紹智 蕉雪斎
五代 竹心紹智 不住斎
六代 竹陰紹智 比老斎
七代 竹翁紹智 桂陰斎
八代 竹猗紹智 真々斎
九代 竹露紹智 宝林斎
十代 竹翠紹智 休々斎
十一 竹窓紹智 透月斎
十二 竹風紹智 猗々斎
十三 竹中紹智 青々斎 当代

宗流

宗徧流
山田宗徧を祖とする茶道流派です。宗徧は「宗旦四天王」とよばれる千宗旦の門人を代表する茶人であり、千宗旦の元で皆伝し、その推挙によって三河吉田藩の茶頭となりました。職を辞した後、晩年は江戸に居を構え利休正風を称して茶法を教授しました。宗徧が江戸に住んだ関係で。東京、及び東海地方に盛んです。

大日本茶道学会

大日本茶道学会
明治31年に田中仙樵が創始した茶道流派です。
田中仙樵は裏千家の茶湯を修行して、今日庵よりその奥秘を受伝しました。
後に石州流野崎兎園に入門して「南方録」の研究を進めます。以前に設立した「大日本茶道学会」を再び興し、また講演会を開いて流儀を超えた伝授物の公開を行うなど茶道に新風を掲げました。三徳庵と号しました。
後嗣は仙翁(現会長)です。